青森県弘前市・富田の清水

水汲み場の長時間の占有、違法駐車はお控えください。地域の皆さんのご理解があっての水汲みです。節度ある水汲みをお願いします
2026.08.13
大きな建屋で囲われており、木と石の組み合わせが美しい
読みは「とみたのしつこ」です。「しつこ」は津軽弁で「清水」や「湧水」のことです。昭和の名水百選。
木造の大きな建屋に囲われているので雨の日でも水汲みに苦労することはなさそうです。ただ、完全に囲われているわけでもないので半屋外といった感じで、石と木の組み合わせが美しいです。
この湧水が古くから産業や日常生活に利用されてきたこと端的に表現できているように思いました。
入り口から数段の階段があるので台車は使えません。
石造りの枡が六つ並んでおり、水量は多い
石造りの枡が東西に六つ並んでいます。3番目と4番目の枡の間がやや広く、渡り廊下のようになっています。
水が利用できそうなのは1番目だけです。残念ながらそれ以外は利用する気にはなれません。4番目、5番目、6番目にいたっては水が行き渡っていませんでした。
現在では飲用以外の利用はしないでしょうからこれで不便はないと思いますが、観光資源として利用するのであれば六つ全てを湧水で満たした方が喜ばれるのではないかと思いました。
湧水量は一日に約14万4千リットル(ドラム缶で約720本)だそうです。
採水口はやや遠く直接の水汲みはしにくいですが、柄杓と漏斗があります。
水質検査結果の掲示あり、煮沸推奨
水質検査結果は2026年7月15日付で検査結果は適合ですが、煮沸推奨の記載がありました。
ネットの情報によると、弘前市の水道水は硬度が40程度の超軟水らしいですが『富田の清水』は70程度の中硬水だそうです。
ウォーキングの途中と思われる年配の男性がペットボトルに水を汲んでいたのでお話を伺ったところ、ちょっと考えてから「無味無臭。美味しいよ」と教えてくれました。私はもちろんその場で飲みました。
水汲みに関して時間や量に制限はないようですが、営業利用は不可だそうです。利用上の注意書きがありますので掲載しておきます。
富田の清水を快適に利用するために、以下のルールを守ってご使用いただきますようお願い申し上げます。
現地の掲示より
・水槽にゴミを投げ入れないでください。
・水槽内で汚れたものを洗わないでください。
・コップ等の私物の置きっぱなしはご遠慮ください。
皆様一人ひとりの心がけが、富田の清水を守ります。ご理解とご協力をお願いいたします。
一、給水口からの水以外は飲用しないで下さい。
現地の掲示より
一、いったん汲んだ水は、一番目二番目の水槽にもどさないで下さい。
一、営業用には使用しないで下さい。
一、持ち帰る場合は、早めに使用するか煮沸して飲用して下さい。
、みんなの清水ですから大切に使用して下さい。
弘前市
富田の清水
1686年から紙漉きに利用され、昭和に入ってからは生活用水としても利用されるようになったそうです。340年前から変わらずに水が湧き出るとは驚きです。
ちなみに『富田の清水』がある町名は「紙漉町(かみすきまち)」です、風情がありますね。
古くからの記録があるのは、さすが歴史ある城下町・弘前だと思います。
「富田の清水」の周辺は、古くから清水の豊富な所として知られ、中津軽郡富田村に所在したことからこう呼ばれてきました。
現地の掲示より
貞享三年(一六八六年)、津軽藩四代藩主信政公が越前の熊谷吉兵衛を招き、紙渡き法を導入した際にこの豊かな清水が紙渡きに使われました。
この清水の水源は東方向約六十メートルにあり、昭和の初めの頃までは紙渡きに利用されましたが、その後は生活用水として使用され第一第漕二漕は飲用、第三漕は米、青物の洗い、洗顔用、第四漕は紙漉きの材料や漬物樽をつける、第五漕六漕は洗濯用、足洗い等のきまりがありました。
昭和六十年、身近で清涼な水として古くから地域住民の生活に融け込み良好に管理されてきたことから、環境庁の名水百選に選ばれました。
平成七年七月七日、それまで所有者として管理にあたって来た紙渡町清水共有会から市に寄贈されました。
弘前市
弘前市の掲示のほか、石碑に掘られた由緒書きがありましたので掲載しておきます。
回顧スレバ
貞享三年十二月二十四日賢明ナル旧藩主信政公紙類ヲ直接城下二仰カントシ当清水ヲトシ始メニ紙漉座ラ設置シ給ヘリ爾来星移り物変リ事業ノ振興ト共二往時ニ比シ市況殷賑ヲ加フルニ至リヌ今ヤ二三年ヲ経ズ狭隘ヲ告ケ清水泉水ノ柵内ヲ以テ補給スルニアラズンハ交通ノ便ヲ欠クコト少シトセズ依テ同業者協議ノ結果泉池道路トシテ本県二寄附出願シ直ニ聴許ヲ得タルヲ以
テ四十二年八月東方三十間石造理樋二改造スル工事起工同年九月五日廣潤ナル大道竣工ヲミルニ至レリ
同業者相謀リ本碑ヲ建テ紀年ヲ表スル所以ナリ現地の石碑より
以下は、AIによる現代語訳です。
貞享三年(1686年)十二月二十四日、賢明であられた旧藩主・信政公(のぶまさこう)は、紙類を直接城下へ供給しようとお考えになり、この清水の地を皮切りとして紙漉き座(紙漉き場)をお設けになった。それ以来、歳月が移り変わり世の中も変化していく中で、事業の発展とともに、昔に比べて市場はにぎわいを増すに至った。
ところが、今ではわずか二、三年のうちに土地が手狭になり、清水・泉水を柵の内側で補給するのでなければ、交通の便を欠くことが少なくなかった。そこで同業者たちが協議した結果、この泉池を道路として県に寄付する願いを出願したところ、直ちに許可を得ることができた。これにより、明治四十二年(1909年)八月、東方へ三十間(約五十四メートル)にわたって石造りの樋に改造する工事に着工し、同年九月五日、広くうるおいのある大通りの竣工を見るに至った。
名水百選カードは弘前市役所で配布しているようですが、ちょっと距離がありますね。
アクセス・駐車場
片道一車線の舗装道路に面していますが、道路は広いです。『富田の清水』の前はいくらかアキがありクルマ1台で短時間なら路駐でいいのではないかと思います。
トイレはありません。



















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