埼玉県さいたま市・田島氷川社 手水舎

この水は飲めません
水汲み場の長時間の占有、違法駐車はお控えください。地域の皆さんのご理解があっての水汲みです。節度ある水汲みをお願いします
2026.07.01
飲料不適の看板がある
人伝に田島氷川社の手水舎は井戸水だと聞いたので行ってみましたが「飲料不適」の看板があり、飲むのはあきらめました。まあ、これだけ開発の進んでいるところなので仕方ありません。
ポンプの制御盤には「深井戸水中ポンプ」とあったので8mより深い位置から水を汲み上げているようです。
手水舎は拝殿に向かって右手前にあり、蛇口式です。溢れた水が排水されるようなので、溜まっている水はお清めでも使わないほうが良いと思います。手水舎はきれいに維持管理されています。
田島氷川社
拝殿は重厚感があります。住宅街にあるってあまり目立たないせいか「こんなところにこんな神社があるのか」と驚きました。境内もそこそこ広いです。
ネットの情報ですと創建年代は不詳だそうですが、1600年代にはすでにあったようです。
由緒書きがありますが水に関する記載はありません。
県花であるサクラソウの自生地として知られる田島は、荒川左岸の低地に位置し、農地と工場が混在する住宅地である。国指定特別天然記念物の田島ヶ原サクラソウ自生地は地内西端部の荒川の堤外地付近にあり、市立さくら草公園として保護が進められている。
現地の看板より
当社はこの田島の鎮守として祀られてきた社で、旧社家の栗原芳太郎家所蔵の「朱印状書上」(年不詳・未九月)によれば、既に慶安二年(一六四九)には徳川家光から朱印地七石を拝領したことがわかる。また、『風土記稿』田島村の項には「氷川社村の鎮守なり、社領七石の御朱印を賜ふ、当社を下の宮と号し、西堀村の米川社を上の宮と唱へり、末社鹿島社 荒脛社 天王社 稲荷社 神主栗原民部吉田家の配下なり」とある。「下の宮」の呼称は現在でも通称として用いられているが、これについては、かつて田島と西堀が一村であったころ、同村内にある二つの氷川社を区別するため、上下の呼称を用いるようになったという話が伝えられている。
明治六年には村社となり、同四十年には大字関の無格社神明社と同境内社の八坂社・天満社、大字鹿手袋の村社八幡社と同境内社の稲荷社、同大字の無格社社と第六天社の計七社を合祀した。しかし、この合祀は実際は書類上のことにとどまり、いずれも旧地に社が残り、祭りが続けられている。当社の祭神は建速須佐能男尊外七柱である。
アクセス・駐車場
JR埼京線中浦和駅から徒歩12分、JR武蔵野線西浦和駅から徒歩12分です。
駐車場はありません。
県道79号沿いの鳥居が目印ですが、ここから先へクルマで入ってしまうと転回するのに苦労しそうです。「田島火の見下」交差点付近のコインパーキングをご利用ください。
トイレは未確認です。
案内図
近くの湧き水/水汲み場
埼玉県さいたま市・田島氷川社 手水舎からクルマで30分以内に行けそうな直線距離で半径10km以内にある湧き水/水汲み場です。
混んでいるときは近くの湧水で時間調整するのがオススメです。






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