青森県弘前市・御膳水

水汲み場の長時間の占有、違法駐車はお控えください。地域の皆さんのご理解があっての水汲みです。節度ある水汲みをお願いします
2026.08.13
水汲みはできない
読みは「ごぜんすい」です。木造の建屋に囲われていて水汲みができる状態ならとても便利だったろうと思いますが、水汲み場は放置されており水汲みをする気にはなれませんでした。
地元の方にお話を聞いてみたところ「涸れてしまっているので水汲みは無理だよ」と言われました。
実際には透明度が高い水が溜まっており、全く水が湧き出ていないわけではないようです。ただ、多くの湧き水があったときに比べれば「涸れている」ということなのだろうと思います。
水汲み場は高さが異なる枡が三つあります。現地には水の使い方を記した看板がありましたが、文字の大半が読めなくなっていました。一番目と二番目の枡が飲用だったようです。
一番低い枡から水が溢れており、溢れた水は側溝に流れていました。足元は石造りなので水が溢れて滑りやすくなっていますのでご注意ください。

御前水
現地の由緒書きによると、1881年の明治天皇巡幸でこの水が献上されたのを境に『御前水』と呼ばれるようになったそうです。
同じ道路沿い、西に50mくらいのところには昭和の名水百選に選定されている『富田の清水』があるのですが、『御前水』が明治天皇に献上されたとなると、当時はこちらの方が格が上だったのかもしれません。
向かって右手には石碑や松があって上等な雰囲気もあるのですが、水汲み場として利用できるだけの水がないのはとても残念です。
現地の由緒書きを書き起こしておきます。
当所及び周辺は、当市南側の一野渡を扇頂部とする扇状地の扇端部付近にあって、伏流水が源と思われる清水が薄き出て、その中でも当所の水は、古くは縄文時代から先住民が使用したとされ、藩政時代以降も広く地域住民の生活用水としてだけでなく、稲荷神社の「御手洗」(みたらし)としても使用されてきた。
現地の由緒書きより
明治十四年(一八八一)九月、明治天皇が二度目の東北地方巡幸をされた折、弘前市本町の金木屋を行在所となされた際、お茶や食事の用水として、当所の水を使用されたので、その後「御膳水」の記念陣が建てられた。
昭和六十一年(一九八六)三月には青森県選定の「私たちの名水」の一つに選ばれている。
このように、御膳水は地域に多大の恩恵を与え、親しまれてきたのである。現在は、地下水の流れの変化により往時の水景ではないが、同じく長きにわたり親しまれる「富田の清水」(北西徒歩一分)にかつての面影を偲んでただきたい。
アクセス・駐車場
角地にあり、建屋の前は車道外側線の外側にクルマが停められそうな空き地がありますが、これは店舗の敷地のようで駐車禁止の表示があります。建屋の奥側は月極駐車場になっており、周囲に駐車できる場所はありません。
トイレはありません。
案内図
近くの湧き水/水汲み場
青森県弘前市・御膳水からクルマで30分以内に行けそうな直線距離で半径10km以内にある湧き水/水汲み場です。
混んでいるときは近くの湧水で時間調整するのがオススメです。





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